ある日、望月茜(もちづき あかね)がいなくなった。茜は少し内気な中学二年生。
彼女のクラスメイトで、太川淳(たがわ あつし)と、山内琴音(やまうち ことね)がいた。
二人はクラスでも公認のカップルで、学校でも仲良くしている姿が度々目撃されている。
そんな二人を羨ましそうに見ている者がいた。
茜だ。茜は、淳のことが好きになってしまったのだ。そして、夏の始め、
ダメだとわかっていて彼女は淳に想いを言った。案の定、答えはNOだった。
それだけならまだいいのだが、
そのことが琴音の耳に入ってしまったのである。それからというもの、茜と琴音の仲は険悪になり、茜は自分がした行動を、心から後悔した。
その矢先、茜が姿を消した。
両親は死に物狂いで彼女を捜し、
クラスメイトも協力せざるをえなくなった。
中でも淳と琴音は特に乗り気ではない。
「ったく、茜ちゃん、どこに行っちゃったのよ!?こっちの迷惑も考えてほしいわ。ねえ?」
琴音は淳に同意を求める。
しかし、淳は思ったよりも心配そうな表情をしていた。
「・・・どうしたのよ?」
「だってさ、あの時はすげえムカツイタけど、あいつ、あの後すごくヘコんでたじゃん。何か、罪悪感、感じてさ・・・」
琴音も確かに言い過ぎたなと思った。
そう思うと、茜のことがすごく心配になってきた。
「・・・しょうがないなあ。正直、やっぱり心配!真面目に捜そう!」
「あっちの方も見にいってみようぜ」
そこは奥に森が続いていて、周りには誰もいなかった。
それもそのはず、辺りには背の高い草が生え、どことなく薄気味悪い、
人を寄せ付けない感じがしたのだ。勝気な琴音もさすがに気味が悪くなった。
「ねえ、よそうよ。ここ、マジでやばいよ・・・」
淳のそでをひっぱるが、淳は構わずどんどん進んでいく。
「ちょっと!引き返そうよ!ミイラ取りがミイラになったらどうすんのよ!?」
「心配なんだよ」
「え?」
「今まで俺、あいつの悪い所ばかり見てたような気がするんだ。
もっと、あいつのいい所とか、事情とか、ちゃんと見てやれなかったような気がするんだ」
淳の表情は真剣だった。琴音は今までのことを振り返った。
そういえば、茜の悪い所ばかり見ていて、
いい所は見ようともしていなかったのではないか――
そんなことを考えていると、急に淳が叫んだ。
「おーい!向こうにトンネルがあるぞ!」
急いで駆け寄る琴音。すると、目の前に、
まるで異空間への抜け道のような、大きなトンネルがぽっかりと口を開けていた。
近づくと、風がトンネルの中に吸い込まれていた。中に何があるのだろうか?
「・・・行く?」
「ああ」
自分達がここに来たことを証明するために、
琴音は髪にとめていたヘアピンを置いていった。淳はリストバンドを近くの枝に結びつけた。
そして、二人は中へと入っていった。この先二人に待ち受ける事態など知る由もなく・・・。
トンネルの中は真っ暗だった。明かり一つ置いていない。気のせいか、ジメジメしているようだった。
トンネルを抜けると、目の前には草原が広がっていた。心地いい風が吹いている。
「・・・ここは・・・」
「まさか、本当に違う世界に来ちまったとか・・・」
二人はしばらく呆然としていたが、我に返ると、ゴクリと唾をのんで、歩みを進めていった。
歩いていく途中に、底に石が溜まっている窪みがあった。
「ここ、川だったのかなあ?」
そこを飛び越え、また歩いていくと、何やら町が見えた。
「・・・あんな所に町なんてあったか?」
「分かんない・・・」
不思議な所だった。建物の一つ一つが見たこともないデザインをしていた。
特に「めめ」とか「唇」とかの看板には目を引かれた。
「ねえ、あそこ・・・」
「ん?」
「『めめ』って書いてあるとこ、『生あります』って、まさか、生の・・・」
「やめろよ。気持ちわりい」
不意に、琴音が座り込んでしまった。
「どうした?」
「淳・・・、足痛い」
「大丈夫か?」
淳はとりあえず琴音を建物の隅に座らせて、自分だけ様子を見てくることにした。
「気をつけて」
「すぐに戻ってくるから」
琴音を残し、町の中心に向かう。階段の前まで来ると、淳は思わずため息をもらした。
そこには「油屋」と書かれた旗があり、その向こうにとても大きな建物が見えた。
豪華絢爛で、一昔前の日本を思わせる。
その建物を見ながら歩いていると、橋があることに気付いた。
その上に、紅い豪華な着物を着て、髪には綺麗な髪飾りをつけた少女がたっていた。
その少女は川の流れを見つめている。
淳が見つめていると、少女がこちらに気付いた。
その途端、顔を険しくして淳に向かってきた。
「!あなたはここに来てはいけません!」
「え?」
「もうすぐ夜になります!夜になればここから出られなくなってしまう!
私が時間を稼ぐから、元来た所へ向かって走りなさい!」
そう言うと、少女はふうっと息を吐き、口からキラキラしたものが出てきた。
淳は分けがわからなかったが、とにかく走り出した。
今まで明るかったのに、もう暗くなり始めている。
琴音の元へ行くころには、すっかり暗くなっていた。
(!)
琴音がいない!?辺りを捜すが見つからない。
「琴音ー!琴音ー!!」
しかし返事が返ってこない。
しかも、周りにはいつの間にか明かりがついており、
化け物のような黒い影がひしめきあっている。
「・・・ちくしょう!!」
とにかく自分だけでも戻って、みんなに知らせよう!そう思った淳だったが、
町の外れまで戻ると、草原だったはずの所が海になっている!
「・・・何だよこれ!?」
見ると、一艘の大きな船がこちらに向かっている。
やがてその船が着くと、中から見たこともない生き物が出てきた!
「夢だ!夢だ!みんな消えろ!」
そう言いながら建物の陰に行く。すると、何と自分の体が消え始めている!
「・・・って俺が消えてるじゃん!」
その時、町の中からさっきの少女が出てきた。
そして淳の元へ行くと、小さな丸い実を差し出した。
「これを食べて。この世界のものを食べないと、あなたは消えてしまう!」
しかし、完全にパニックを起こしている淳は、少女の手を振り解こうとした。
「来るな!」
突き飛ばそうとして、手に手ごたえが無かった。
見ると、淳の手が少女の体をすり抜けていたのだ!
(!!)
少女はもう一度実を差し出す。
「早く食べて」
淳は素直に従った。何とか飲み込むと、少女が話しかけてきた。
「もう大丈夫よ。ほら、私の手を触って。触れるわ」
淳が恐る恐る触れると、ちゃんと触ることができた。
「ね!」少女はにっこりと笑った。そこで淳はあることに気付いた。
「!!!茜ちゃん!?」
そう、この少女は、いなくなった望月茜だったのだ!
「・・・やっぱり淳君ね。みんな心配したでしょ?」
「心配したもなにも、大変なことになってるんだぞ!」
「ごめんなさい。事情は後で説明するわ。とにかく今は私についてきて」
「琴音は、琴音は!?」
茜は沈痛な表情をした。
「・・・琴音ちゃんは手遅れだったわね・・・。でも安心して。きっと無事よ。
淳くんが見た大きな建物、『油屋』ってあったでしょ?」
「ああ」
「あそこにいるわ。そして私も。淳君にもしばらくそこにいてもらうことになると思う」
その言葉を聞いて、淳は落胆した。
「・・・もう、戻れねえのか・・・?」
「そんなことない!きっと戻れるわ!あきらめないで。チャンスをうかがうのよ。
・・・ごめんね、こんなことに巻き込んじゃって・・・」
淳はもう、覚悟を決めたようだ。
「・・・分かった。もう何も言わねーよ。でも、なるべく早く戻れるようにしてくれよな」
「うん。・・・ところで、淳君は五十メートル何秒?」
「え?」 淳は言っている意味が分からなかった。
しかし、今はとにかくここのことを一番知っている茜に従うしかない。
「・・・八秒くらい」
「ちょっと遅いわね」
そう言うと、淳の足に手をかざした。
「・・・炎と大地の名において、この者の力を目覚めさせよ・・・!」
すると、淳の足が光り始めた。
「さあ!走って!」
茜は淳の手を取ると、物凄いスピードで走り始めた。
「うわあ!」
周りの景色がどんどん後ろに去っていく。こんなスピード、とてもついていけないと思った。
しかし、なぜか足は面白いように加速する。でも、たしか茜は足が遅かったのでは・・・?
さっきの階段が見えてきた。茜が叫ぶ。
「階段は飛び越えられるわ!橋の前まで来たら止まって!」
二人は階段をポーンと一気に飛び越え、橋の袂で止まった。
「ここからは息を止めて。もし少しでも呼吸をしたら、あなたが人間だと分かってしまうから」
橋の上は、さっき見た化け物が行き交いしていた。
その化け物が入っていくこの「油屋」は一体どんな建物なのだろうか?
淳は深く息を吸うと、鼻を摘んだ。
「見回りから戻りました」
「ご苦労さまです」
二人は橋を渡っていく。途中までは順調だった。
しかし、ユニークな姿の生き物を見て、淳は思わず吹き出してしまった。
(しまった!!) 慌てて口を抑えたが遅かった。
「!人間だ!人間がいるぞ!!」 その瞬間、茜が走った。
いや、走ったというより飛んだと言った方が正しいかもしれない。
淳の存在を知ってしまった者に素早く近づいて手をかざす。するとその手が光った。
「・・・忘れなさい」
そして淳の手を掴むと、裏口へ入った。
何が起こったのか分からず、呆然としていた淳。
我に返ると茂みに隠れていて、茜が様子をうかがっていた。
「・・・今の・・・」
「ああ、これ?何か知らない間に使えるようになったの。すごいでしょ」
茜は手から炎を出してみたりした。
「・・・今から私の言う通りにして。まず、この騒ぎが収まったら
ここを回って・・・って、淳君はここの地図を知らないわね」
茜が淳の額に手をあてる。すると、淳の頭の中に色鮮やかな光景が浮かんできた。
「ここを回って、裏の階段に出たら、そこをずっと降りていって。
ドアがあるはずだから、そこから中へ入るの。中にいる人に『ここで働かせてください』
って頼むのよ。断られても粘り強くね」
淳は少し不機嫌そうだ。
「なーんで俺が他人にペコペコ頭下げなきゃなんねーんだよ」
「お願い、我慢して。この世界では、働かない者はみんな動物にされてしまうの」
動物・・・。ゾッとした淳は、「分かった、分かった」と首を縦に振った。
建物の中では、まだ騒ぎが収まっておらず、
「珊瑚様が人間を連れ込んだらしいぞ」、
「珊瑚様ー!どこにいらっしゃるのですかー!?」などと声がしている。
茜は立ち上がり、「騒がしいですよ!珊瑚はここにいます!」と言った後、淳の方を向いた。
「がんばってね。必ずあなた達を元の世界に戻してあげるから。
あと、私のここでの名前は『珊瑚』よ。気をつけてね」
「分かった」
そして茜は建物の中へと消えていった。
淳は裏の階段に目をやった。まだ分からないことは山ほどある。
琴音の居場所も分からない。しかし、今は自分の身を守る事が第一である。
必ず琴音を助け出さなければ。
そして、茜も・・・。
どういう事情があったのかは知らないが、何となく淋しそうな瞳をしていた。
淳は意を決して立ち上がった。
つづく
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